平秀信の現在地

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チーム紹介

3つのチームのメンバーを紹介します。チームの代表者を先頭に、順番は入社順です。

ERIC AMIKURA

株式会社インプロビック 専務取締役 チーフコンサルタント
株式会社エル書房 代表取締役1円社長
ERIC AMIKURA

信州大学で社会心理学を専攻。「人間関係の心理学」について研究をする傍らスキー競技にのめりこみ、在学中に878日という滑走日数を達成。 “シュプール”という名の、学生専門、生活カウンセリングでも凄腕カウンセラーとして活躍する。

1996年に大手ハウスメーカー、積水ハウスに入社。入社当初3ヶ月契約ゼロという体験を通し、営業ノウハウを試行錯誤し、1年後、契約高、第一位の“新人王”を獲得。半期最高契約金賞、獲得2回(サラブレット部門)という偉業を、成し遂げる。

その後、2002年に住宅業界の革命児「株式会社エルハウス」の平秀信に弟子入りし、ダイレクトレスポンスマーケティングを活用したセールス方法を実践する傍ら、メールとFAXだけで住宅を販売するという、業界では非常識なノウハウを確立。

2003年には海外トレンド調査のため、アメリカのボストンへ1年間留学。そこで、ダン・ケネディ、テッド・ニコラスを初めとするアメリカ有数のマーケッターのセミナーに数多く参加。最新ノウハウを独自の視点で日本に情報発信するというスタイルで、会社に貢献する。

帰国後、サイグラムの戦略・プロデュース部門を担当、そこでアメリカで得たセールス法、マーケティング力に加え、日本市場にあったコミュニティーを活性化する手法を用い、初年度で2億円の利益をたたき出す。
現在はコンサルタントの育成に力を入れる一方、自らも長年培ってきた、住宅セールスのための独自のノウハウを伝えることを目的としたセミナーを開催するなど、セールスのプロとして多方面で活躍中。

著書:
社員が勝手に稼いでくれる「仕組み」(平秀信との共著)
売り込まないでお客を引き寄せられる「超」営業法(平秀信との共著)

大好評!住宅営業のテクニック

西川直輝

平秀信グループ
株式会社インプロビック
株式会社エル書房
株式会社輝点。
WEB総合統括責任者 西川 直輝

1987年7月1日 京都府生まれ。

高校3年間、硬式野球部所属。注目校にて1年夏よりベンチに入り、3年で主将を務める。 3年間、朝から夜まで野球漬けの毎日を過ごす。引退後大学入試勉強を開始、勉強と同時に将来起業という中学時代からの目標を認識し直した時、一冊の本「凡人の逆襲」に出会う。自分からお願い営業をしない、殿様セールス方に一瞬で引き込まれる。

大学センター入試試験直前、平秀信のブログにて23歳以下の社員募集を見つけ、その記事を目にした途端、0.1秒で応募を決意、3分後に応募をする。高校在学中、選考・面接を突破し、2006年4月、株式会社インプロビック入社。

インプロビック入社後、9ヶ月エルハウス内に配属され、折込広告からDMまで、平秀信の原点を学ぶ。それと共に、エリック網倉の下でサイグラムの運営を実体験しながらマーケティングを学ぶ。

また、情報専門高校を卒業しており、HP作成等をこなす。2007年2月より、東京事務所に配属され、高校での経験を生かし、動画作成(プロモーションなど)も手がける。

約1年半、東京事務所に勤務した後、ニューヨークへ渡米する。

ニューヨークでは、半年間に渡りアメリカのオフライン広告、ネットマーケティングを勉強し、日本に帰国してからすぐに、インプロビックのWebにアメリカのネットマーケティング手法を導入している。

インプロビックのマーケティングをWeb担当者として後ろから支える。

池之上 健

株式会社インプロビック
インプロビックカスタマーズコンサルティング事業部代表 池之上 健

服飾専門学校在学中、ファッションブランドを立ちあげる。Tシャツ制作販売を中心にさまざまなイベントに参加。Tシャツは人気ドラマに使用された。卒業後、コンサルティング会社に入社。飛び込み営業から得たノウハウをもとに、社内ベンチャー企画を提出。最終選考まで選出される。退職後、電力削減ビジネスの個人事業を始める。3ヶ月で8件契約を結ぶ。

その後、インターネットの仮想世界マーケティングとロハスと流行デザインをテーマに、ファッションブランドを立ちあげる(現在進行中)。そして、さまざまなビジネススキルを身につけるため、平秀信に従事。現在、インプロビックカスタマーズコンサルティング事業部代表として、お客様に一番近い視点で、さまざまな企画を推進する。

杉山 司

株式会社 インプロビック
出版マーケティングアドバイザー
パーソナルモチベーター
杉山 司

1982年 静岡文化芸術大学芸術文化学科卒業。
専攻は、「声学」と、「作曲」。
毎日10時間は、音楽と共に過ごしていた。在学中に、父親が企業し、成功する。その背中をみて、音楽を捨て、起業のために経営学を学ぶ。

卒業後、能力開発の会社のテレアポセールスに就職し、多くの勉強会や、セミナー、に自己投資し、全国の支社の中で、新人賞を叩き出す。

その後、退職し、ビジネスをスタート。立ち上げ当社は、売上を上げる事が出来、何不自由ない生活をする。

しかし、ビジネスで失敗をし、借金をし、家庭が壊滅状態になり、全てを無くしたときに、インプロビック専務、網倉に出会う。

そして、1から全てやり直すため、網倉の元で、下作業を行う。2008年3月から、借金返済のため、平均睡眠時間3時間で、働きづくめの生活をして、その空いた時間で、網倉の仕事をする。その当時、網倉の仕事は時給500円ほどであった。

そして、全て清算し、2008年9月にインプロビック入社。現在、サイグラム関連、210×297集客・セールス法、出版マーケティング等を担当し、日々、新しい企画をどんどん提唱し、前進している。 

田口和幸

株式会社 インプロビック
田口 和幸

1973年大阪府生まれ、熊本県出身

高校卒業後、大手自動車部品メーカーにエンジニアとして、
入社、入社3年目で、国内最高級車セルシオの担当エンジニア
として、ライン設計から約100名に及ぶ作業員の指導まで行い、
僅か立ち上げ3ヶ月で過去最高の黒字をたたき出す。

1995年、海外技術指導員として、西サモア、オーストラリア、
ニュージーランドへ出向。自身の世界観の小ささと、無力さに気づく。

帰国後、さまざまな車種の担当をするが、2004年1月全身に激痛が走り
ストレスきよる、急性の心臓血管の病気で救急車で運ばれる、緊急手術で、
何とか一命は取り留めたものの、その後、悪化し同年10月に胸部から腹部
の血管を人工血管に張り替えるという、延べ18時間にわたる手術を受ける。

その後、いわれの無い「告知義務違反」で医療保険を打ち切られ、
その挙句、将来を悲観したのか、妻は、生まれて8ヶ月の娘を連れ
実家に帰る。

その後、会社に復帰したものの、待っていたのは、降格と80万円
ほど下がった年収。毎月発生する診察、検査、薬の費用、「いったい
何のために生きているのか・・・」と生きる理由を失う。

そんな時、本屋でたまたまみつけた、平秀信氏と廣田康之氏の
「凡人の野望」という本に出会いブレインダンプを実践。

生きることが苦しかった自分が、生きることを楽しみたいという
自分に変わり。その後、ダイレクトレスポンスマーケティングを
必死で勉強し、インプロビックの教材、高額セミナーに参加する。

2008年「株式会社インプロビック」の平秀信氏に弟子入りし、
サラリーマンを続けながら、外注としてコピーの仕事を請け負い、
僅か1ヶ月で「平秀信の1000本ノック」970本を書き上げる。

同年、9月平秀信氏の下で直接働きたいと熱望したが、断られる、
それでも諦めきれずに再度アタックしOKをもらい。人生をやり直す
つもりで、家、車、家族、恋人、友人など持っているもの全てを捨て
上京、2008年10月株式会社インプロビックに入社。

現在、平秀信秘書、出版事業、ブレインダンプ事業と自身の人生を変えた仕事に携わり、
実体験を通した、情報やサービスを提供している。

斎勝朗

株式会社インプロビック
インプロビックカスタマーズサポート 斎勝 朗

2009年1月1日に株式会社インプロビックに入社。
入社後、ウェルスマインドメンバーシップ管理、210×297集客・セールス法管理、各種セミナーのサポート、ホームページの更新、商品配送サポート、カスタマーズサポートなどを行っている。

平秀信との出会いは2008年2月派遣先の面接会場に遡る。

私は、東洋大学を中退し、4年間続けていたアルバイトも退職しました。
その後、以前から興味があったニートとなり、毎日を過ごしました。

ニートとなり3ヶ月経ったある日、知り合いのフリーターやニートを見ていて、この生活を止めたいと強く感じ就職活動を始めました。

就職活動の経験も無い状態での仕事探しでしたが、2007年10月に派遣会社に入社。

入社後、システム開発の勉強やサーバー管理の勉強などを行い、取引先の会社へ出向が始まりました。

当時その派遣会社では、幅広い業種の派遣を行っていました。そして、2008年2月に株式会社住宅経営の面接に向かい、そこで平秀信と出会いました。

社内の業務サポートということで、集客、カスタマーサポート、教材作成、資料作成、セミナー運営などのサポートを行い、ビジネスの基礎を勉強できる良い環境でした。

兼ねてから派遣という職種から抜け出したいという思いもあり、図々しくも派遣会社をやめ、住宅経営に入社を希望しました。

2008年4月に社員として働くことが決まり、そして、2008年12月末で住宅経営でのサポート業務を終え、私の希望と平秀信の意向もあり2009年1月1日に株式会社インプロビックに移動し勉強をしています。

今後は、ビジネスの基礎を勉強することを第一に、特殊な経験を活かすことと、若い世代へのアプローチも考え、情報を発信していきたいと考えています。



マダム竹岡

株式会社エル書房 編集長
竹岡すみこ

2007年4月に潟Cンプロビックへ入社、7月8日と14日に行われた葛P点。のHMSセミナーの準備に従事し、当日は司会も務めさせていただきました。今後は、インプロビックのファイナンシャルプランナーとして投資関連事業をプロデュースして参ります。

私の株式投資との出会いは、何のとりえもなかったOL時代です。勤務先の持株会への加入をきっかけに株式投資に興味を抱き、独学で投資や簿記を学びました。20万円の自己資金を運用で増やし、1年後には株式の売却益で、かねてよりの夢だった海外挙式を盛大に挙げることができました。

その後、資産運用の大切さや楽しさを多くの人に広めたいとの熱意を抱いて証券会社へ転職いたしました。証券会社の営業職の魅力は、たくさんの素敵な出会いがあることです。資産運用を通じて多くの方の人生と触れ合うことができました。その反面、ノルマ至上主義社会の中で「売りたくない商品も必ず販売しなくてはならない」という悩みを常に抱えていました。会社の方針と考えが合わず、上司と口論になることもしばしば・・・「お前は(相場の)神様かっ!?」と怒鳴りつけられたこともありました。もちろん私は神様ではありません。ただ、いつも正直でありたいと願っているだけです。

夫の転勤に伴い上京し、縁あって皆様と出会うことができました。これからは誰の思惑にも左右されることのない「真に役立つ投資教育」を追及して参ります。皆様の資産形成のお役に立てれば幸いです。



高野 五輪夫

株式会社インプロビック 常務取締役
株式会社 輝点。取締役統括本部長
平グループ プロジェクトリーダー
高野 五輪夫

輝点。の最初の責任者。2005年10月に同社を設立し、平グループ初の試みでもある「TVショッピング」を媒体にしたビジネスを立ち上げた。そして翌年の2006年4月には、プロジェクト立ち上げから6ヶ月という信じられない速さで、第一回のインフォマーシャルをCS放送にて放映、しかもこの第一回放映までのすべてを1人で切り回したという実力の持ち主である。そしてTVショッピング稼動1年半で業界地図を塗り替えるほどのレスポンスを実現し、2007年7月には、そのノウハウをまとめ、プロジェクト発展途上の最中にもかかわらずすべてを公開し、一気にジョイントベンチャーの和をひろげ、年商100億円への事業確立を目指す。輝点。の責任者を務めると共に、コンサル、セミナーを中心にJV事業展開を広め、平メソッドを全国に広める役割も果たしてる。

特技はゴルフで、中学、高校と世界選手権の選抜に選ばれ、19歳でトーナメントプロテストを受験。23歳でプロインストラクターに資格を取り、31歳までインストラクター事業に専念するも、過去の実績をすべて捨て去り、ビジネスの世界へ成就する。最初の会社では入社1週間で営業部長に抜擢され、その後はゴルフで培った精神力で常にトップセールスとして君臨し、ビジネス経験10年間で2度の社内ベンチャーで支社長しての役割を担い、2005年に平秀信を師と決め、右腕としての役割を担った。

今後は、高野チームとして自らがセミナー、コンサルの仕組みを確立し、平メソッドを後進に伝え、輝点。で培ってきた「健康市場」のマーケティングの第一人者して、持ち前の新規プロジェクトの立ち上げ精神を担い、平のビジョンを確実に実現していくことに使命感を持って突き進んでいく。



林 洋一

チーフ・エグゼクティブ・パートナー
林 洋一

広島県広島市出身。北海道大学法学部卒。
大学卒業後、平秀信に弟子入り。
コンサルティング事業の創業メンバーとして活躍。
中小企業を中心に、数千件のコンサルティングを手掛ける。

2006年、平秀信より出資を受け、ニューヨークマンハッタンにて起業。最先端のダイレクト・レスポンス・マーケティングを学び、その情報を日本の経営者に提供する。また、Mr.Xのスペインセミナー、平秀信のアメリカセドナセミナーなど、数々の海外セミナーを企画し自らも特別講師として指導を行う。

2008年帰国。本格的にコンサルティング業務を開始する。「億万長者の情報源」セミナーをはじめとして数々のセミナーを行い、その内容は、「億万長者のカンニングペーパー」(インデックス・コミュニケーションズ)として出版される。

2009年には、「話す」マーケティングの必要性に着目し、パブリックスピーキング・ラボラトリーを設立し代表に就任。俳優、演出家、イメージコンサルタント、クラウン、音声学者、歌手、等々、様々な専門家の協力をもとに、新時代に通用するマーケティングの研究開発を続けている。

パブリックスピーキング・ラボラトリー
http://publicspeaking.jp/

億万長者の情報源
http://millionpaper.jp/

partaker

株式会社インプロビック
エグゼクティブ・パートナー
中国情報事業部代表 Partaker(パーテイカー)

卓越した語学力とマーケティング分析力を買われ、インプロビック中国進出という重要な役割を任される。

急成長する中国市場に精通するため、2008年2月から中国で、マーケット調査を1年間集中的に行い、帰国後も、中国のビジネスを多角的に研究している。

中国滞在中、中国人の女性と結婚。人脈が急速に広がり、現地のさまざまな起業家にインタビューする機会を得る。

そこから得たビジネスのヒントや、中国市場の分析で得た結果をまとめ、只今、中国のビジネスレポートを配信中。

趣味は、世界中の様々な起業家たちと彼らの言語でコミュニケーションを取ること。

アメリカ留学の経験があり、英語は堪能。加えて、中国語、カンボジア語も操る。現在、アラビア語、スワヒリ語を勉強中。

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