平秀信の現在地

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チーム紹介

3つのチームのメンバーを紹介します。チームの代表者を先頭に、順番は入社順です。

ERIC AMIKURA

株式会社インプロビック 代表取締役 チーフコンサルタント
株式会社エル書房 代表取締役1円社長
株式会社輝点。 代表取締役
ERIC AMIKURA

日本全国で活躍する優秀な経営者の理念や技術や、世界中から集めたコミュニケーションスキルを、わかりやすい形で、多くの方に提供しています。社長と社員のコミュ(社員教育)、企業とお客さんのコミュ(マーケティング)、営業とお客さんのコミュ(セールス)は、私自身も毎日実践する研究分野です。


2002年
地域密着工務店、株式会社エルハウス入社

2003年
コンサルティング会社、株式会社インプロビック立ち上げ 専務取締役に就任。

2004年
海外トレンド調査隊事務局長として1年間ボストンへ、ビジネス留学。

2005年
テレビショッピングで、健康ビジネス業界に旋風をもたらした、株式会社輝点。代表取締役に就任

2008年
株式会社エル書房、代表取締役に就任。

2011年
株式会社インプロビック、代表取締役に就任。
現在は、3社の代表取締役。


信州大学で社会心理学を専攻。「人間関係の心理学」について研究をする傍ら、スキー(基礎スキー部)にのめりこみ、在学中に878日(在学5年間 汗)という滑走日数を達成。

1996年に大手ハウスメーカー、積水ハウスに入社。入社当初3ヶ月契約ゼロという体験を通し、営業ノウハウを試行錯誤し、1年後、契約高、第一位の“新人王”を獲得。半期最高契約金賞、獲得2回(サラブレット部門)という偉業を、成し遂げるが、その後営業活動に行き詰り、長期にわたりスランプが続く。

1999年に、DRMに出会い、学び実践。入社5年経ち、ようやく少しの自信が芽生える。

2002年に住宅業界の革命児「株式会社エルハウス」の平秀信からスカウトされ転職、DRMを活用したセールス方法を実践する傍ら、メールとFAXだけで住宅を販売するという、業界では非常識なノウハウを確立。日本全国の多くの住宅セールスに、夢と希望を与える。

2003年には海外トレンド調査のため、アメリカのボストンへ1年間ビジネス留学。そこで、ダン・ケネディ、テッド・ニコラスを初めとするアメリカ有数のマーケッターのセミナーに数多く参加。最新ノウハウを独自の視点で日本に情報発信する傍ら、もう一度学生時代に学んだ社会心理学を徹底的に復習した。

帰国後、実践人間関係改善ツールサイグラムの戦略・プロデュース部門を担当、そこでアメリカで得たセールス法、マーケティング力に加え、日本市場にあったコミュニティーを活性化する手法を用い、多くの中小企業の経営者の売上・利益率アップに、貢献する。現在は、サラリーマン経営者の育成に力を入れる一方、自らも長年培ってきた、コミュニケーションノウハウを伝えるために全国を飛び回り、多方面で活躍中。

著書には、以下の二冊がある
社員が勝手に稼いでくれる「仕組み」(平秀信との共著)
売り込まないでお客を引き寄せられる「超」営業法(平秀信との共著)

会社紹介 http://www.lshobou.com/
網倉博プロフィール http://www.amikurahiroshi.com/

と、かなりカッコ良く、書かせていただきましたが・・・。15年前は、失敗ばかりしていた、普通の学生。。。
では、どうして今の私があるのか?その極意を、お伝えして行きます。

西川直輝

平秀信グループ
株式会社インプロビック リーダー
  英語ビジネス研究会 リーダー
株式会社エル書房
株式会社輝点。
WEB統括本部長 西川 直輝

1987年7月1日 京都府生まれ。

高校3年間、硬式野球部所属。注目校にて1年夏よりベンチに入り、3年で主将を務める。 3年間、朝から夜まで野球漬けの毎日を過ごす。引退後大学入試勉強を開始、勉強と同時に将来起業という中学時代からの目標を認識し直した時、一冊の本「凡人の逆襲」に出会う。自分からお願い営業をしない、殿様セールス方に一瞬で引き込まれる。

大学センター入試試験直前、平秀信のブログにて23歳以下の社員募集を見つけ、その記事を目にした途端、0.1秒で応募を決意、3分後に応募をする。高校在学中、選考・面接を突破し、2006年4月、株式会社インプロビック入社。

インプロビック入社後、9ヶ月エルハウス内に配属され、折込広告からDMまで、平秀信の原点を学ぶ。それと共に、エリック網倉の下でサイグラムの運営を実体験しながらマーケティングを学ぶ。

また、情報専門高校を卒業しており、HP作成等をこなす。2007年2月より、東京事務所に配属され、高校での経験を生かし、動画作成(プロモーションなど)も手がける。

約1年半、東京事務所に勤務した後、ニューヨークへ渡米する。

ニューヨークでは、半年間に渡りアメリカのオフライン広告、ネットマーケティングを勉強し、日本に帰国してからすぐに、インプロビックのWebにアメリカのネットマーケティング手法を導入している。

インプロビックのマーケティングをWeb担当者として後ろから支える。

田口和幸

株式会社 インプロビック
田口 和幸

1973年大阪府生まれ、熊本県出身

高校卒業後、大手自動車部品メーカーにエンジニアとして、
入社、入社3年目で、国内最高級車セルシオの担当エンジニア
として、ライン設計から約100名に及ぶ作業員の指導まで行い、
僅か立ち上げ3ヶ月で過去最高の黒字をたたき出す。

1995年、海外技術指導員として、西サモア、オーストラリア、
ニュージーランドへ出向。自身の世界観の小ささと、無力さに気づく。

帰国後、さまざまな車種の担当をするが、2004年1月全身に激痛が走り
ストレスきよる、急性の心臓血管の病気で救急車で運ばれる、緊急手術で、
何とか一命は取り留めたものの、その後、悪化し同年10月に胸部から腹部
の血管を人工血管に張り替えるという、延べ18時間にわたる手術を受ける。

その後、いわれの無い「告知義務違反」で医療保険を打ち切られ、
その挙句、将来を悲観したのか、妻は、生まれて8ヶ月の娘を連れ
実家に帰る。

その後、会社に復帰したものの、待っていたのは、降格と80万円
ほど下がった年収。毎月発生する診察、検査、薬の費用、「いったい
何のために生きているのか・・・」と生きる理由を失う。

そんな時、本屋でたまたまみつけた、平秀信氏と廣田康之氏の
「凡人の野望」という本に出会いブレインダンプを実践。

生きることが苦しかった自分が、生きることを楽しみたいという
自分に変わり。その後、ダイレクトレスポンスマーケティングを
必死で勉強し、インプロビックの教材、高額セミナーに参加する。

2008年「株式会社インプロビック」の平秀信氏に弟子入りし、
サラリーマンを続けながら、外注としてコピーの仕事を請け負い、
僅か1ヶ月で「平秀信の1000本ノック」970本を書き上げる。

同年、9月平秀信氏の下で直接働きたいと熱望したが、断られる、
それでも諦めきれずに再度アタックしOKをもらい。人生をやり直す
つもりで、家、車、家族、恋人、友人など持っているもの全てを捨て
上京、2008年10月株式会社インプロビックに入社。

現在、平秀信秘書、出版事業、ブレインダンプ事業と自身の人生を変えた仕事に携わり、
実体験を通した、情報やサービスを提供している。


なぜ私は、「世界TOP 企業トヨタ」の仕事よりも、「平秀信」を選んだのか・・・
http://www.improbic.net/download/pdf/prof/taguchi.pdf

斎勝朗

株式会社インプロビック
インプロビックカスタマーズサポート 斎勝 朗

2009年1月1日に株式会社インプロビックに入社。
入社後、ウェルスマインドメンバーシップ管理、210×297集客・セールス法管理、各種セミナーのサポート、ホームページの更新、商品配送サポート、カスタマーズサポートなどを行っている。

平秀信との出会いは2008年2月派遣先の面接会場に遡る。

私は、東洋大学を中退し、4年間続けていたアルバイトも退職しました。
その後、以前から興味があったニートとなり、毎日を過ごしました。

ニートとなり3ヶ月経ったある日、知り合いのフリーターやニートを見ていて、この生活を止めたいと強く感じ就職活動を始めました。

就職活動の経験も無い状態での仕事探しでしたが、2007年10月に派遣会社に入社。

入社後、システム開発の勉強やサーバー管理の勉強などを行い、取引先の会社へ出向が始まりました。

当時その派遣会社では、幅広い業種の派遣を行っていました。そして、2008年2月に株式会社住宅経営の面接に向かい、そこで平秀信と出会いました。

社内の業務サポートということで、集客、カスタマーサポート、教材作成、資料作成、セミナー運営などのサポートを行い、ビジネスの基礎を勉強できる良い環境でした。

兼ねてから派遣という職種から抜け出したいという思いもあり、図々しくも派遣会社をやめ、住宅経営に入社を希望しました。

2008年4月に社員として働くことが決まり、そして、2008年12月末で住宅経営でのサポート業務を終え、私の希望と平秀信の意向もあり2009年1月1日に株式会社インプロビックに移動し勉強をしています。

今後は、ビジネスの基礎を勉強することを第一に、特殊な経験を活かすことと、若い世代へのアプローチも考え、情報を発信していきたいと考えています。



高野 五輪夫

株式会社インプロビック 常務取締役
株式会社 輝点。取締役統括本部長
平グループ プロジェクトリーダー
高野 五輪夫

輝点。の最初の責任者。2005年10月に同社を設立し、平グループ初の試みでもある「TVショッピング」を媒体にしたビジネスを立ち上げた。そして翌年の2006年4月には、プロジェクト立ち上げから6ヶ月という信じられない速さで、第一回のインフォマーシャルをCS放送にて放映、しかもこの第一回放映までのすべてを1人で切り回したという実力の持ち主である。そしてTVショッピング稼動1年半で業界地図を塗り替えるほどのレスポンスを実現し、2007年7月には、そのノウハウをまとめ、プロジェクト発展途上の最中にもかかわらずすべてを公開し、一気にジョイントベンチャーの和をひろげ、年商100億円への事業確立を目指す。輝点。の責任者を務めると共に、コンサル、セミナーを中心にJV事業展開を広め、平メソッドを全国に広める役割も果たしてる。

特技はゴルフで、中学、高校と世界選手権の選抜に選ばれ、19歳でトーナメントプロテストを受験。23歳でプロインストラクターに資格を取り、31歳までインストラクター事業に専念するも、過去の実績をすべて捨て去り、ビジネスの世界へ成就する。最初の会社では入社1週間で営業部長に抜擢され、その後はゴルフで培った精神力で常にトップセールスとして君臨し、ビジネス経験10年間で2度の社内ベンチャーで支社長しての役割を担い、2005年に平秀信を師と決め、右腕としての役割を担った。

今後は、高野チームとして自らがセミナー、コンサルの仕組みを確立し、平メソッドを後進に伝え、輝点。で培ってきた「健康市場」のマーケティングの第一人者して、持ち前の新規プロジェクトの立ち上げ精神を担い、平のビジョンを確実に実現していくことに使命感を持って突き進んでいく。



加井夕子

株式会社インプロビック
株式会社エル書房
出版プロデューサー
加井夕子

1977年生まれ。エリザベト音楽大学器楽学科卒業

幼少時代は内向的で、それを改善する為に中学まで絵画を続ける
学生時代は音楽を学び、将来は音楽家を目指すものの両親の事業の
傾きで志半ばで挫折。

アルバイトを3つ掛け持ち経済的自立に挑戦。
貧乏生活を通し母を卒倒させる。
数か月で4半1間共同風呂、台所人生を脱却。
某テレマーケティング会社での仕事をスタートする。

OL時代は、株式会社ベルシステム24で電話とコミュニケーションのインストラクターを10年近く続け、 年間約2,000人のカウンセリングを行い人材育成に携わる。 アルバイトから入った会社で、教育といえばこの人と言わる所までの存在を高めた経験は 個人のブランディングをコンサルするきっかけとなっている。

出版プロデューサーという顔も持ち、出版を行うことで自己のブランディングを確立しビジネスに活かす サポートを行っており活躍中。

ブログ:出版で成功する方法
http://ameblo.jp/bookcoach/



ヒルトル フィリップ太郎

株式会社インプロビック
エグゼクティブ・パートナー
英語ビジネス研究会 アイデアイノベーター
ヒルトル フィリップ太郎

1985年生まれ 東京都出身

旅行好きなドイツ人の父と日本人の芸術家の母の間に生まれ、
幼少時はもとより母親の胎内にいるときから世界中を旅する。

小学校時代を香港で過ごし、その後日本に帰国。
国際基督教大学(ICU)で言語学を学ぶ。

大学卒業後は父の国であるドイツに語学を学ぶために1年間留学する。
同時にヨーロッパ11カ国を旅し、様々な人間に出会い、時には
危険な目に遭いながら世界の見聞を広める。

帰国後、将来の目標が定まらずニート化しかけていたところを
平秀信と出会い、その卓越した語学力を買われ、
株式会社インプロビックに入社する。

日本語はもちろん、英語、ドイツ語の3ヶ国語を流暢に操る。

その語学力とインプロビックで日々学んでいるマーケティング
知識を融合し、日々世界中から新しいビジネスアイデアを輸入、
さらに海外のウェブサイト、オフライン広告、キャッチコピー
などを徹底的に収集し、それを国内のビジネスに生かすコンテンツの
作成、セミナーの開催を行っている。

趣味は楽器演奏、映画鑑賞、読書、旅行など多岐にわたり
常に幅広い分野からの刺激を受け、そこから新たなビジネス
アイデアを生み出している。

夢は、まだ世界に知られていない日本の音楽や映画などの文化を
世界中の多くの人に広めること。



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